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2019年 · 15日 6月 2019
 中国で起こった天安門事件から今年で30年が経ち、事件を振り返る特集もよく見かけます。 30年前の1989年、民主化を求めて天安門に集まった学生達に対し、中国共産党は人民解放軍を動員して発砲し鎮圧しました。これは鄧小平を中心とする保守派の決定でした。その後の中国の目覚ましい経済発展はご存知の通りです。...
2019年 · 02日 6月 2019
気力が出ない、何にも興味が湧かない、世界から色彩が失われたようだ、自分には何の価値もない・・・とても辛い状態ですね。これが「うつ」の世界です。さらに、このようになった自分を責めるため、ますます辛さが増していきます。私はこの状態を「自分が減った」状態と表現しています。そもそも、どうして「うつ」になるのでしょう?どうして自分が減るのでしょう? 私たちは思い通りにならない現実に直面した時、どう受け止めて対処するかが問われます。現実があまりにも困難な場合や、自分に自信がない場合、現実を受け止められず、現実に圧倒されて呑み込まれるか、現実を回避しようとするかになりがちです。どちらの方法をとっても自分を抑えることになるので、自分が減って「うつ」が始まります。このように、「うつ」は自分で自分を抑えつけた結果と言えます。 ではこの「うつ」、果たして自分のものなのでしょうか? 天岩戸神話を考えてみましょう。昔、高天原という神様たちの住む世界がありました。この高天原のリーダーは女神の天照大神で、須佐之男命という乱暴な弟がいました。度を超した須佐之男命のいたずらに、天照大神は怒りとともに落ち込んで天岩戸に隠れてしまい、世の中が真っ暗になりました。闇の世界に困り果てた人々が、知恵とユーモアと実力行使で天岩戸を開いて天照大神と光を取り戻すというお話です。 闇の世界は、穀物は実らず魑魅魍魎がうごめき、人びとは嘆き悲しむ、まさに「うつ」の世界です。しかしこれは人々のせいではなく、天岩戸に天照大神が隠れたせいなのです。一方、弟の不行跡に怒りとともに落ち込んだ天照大神ですが、その「うつ」は弟のせいで天照大神が引き受けるものではないのです。かくして「うつ」は人々から天照大神に、そして天照大神から弟に返され、須佐之男命は高天原を追放されました。これを契機に須佐之男命は考えを改め、自分の力を世の中の為に役立てるようになりました。 このように、本来は自分のものではない「うつ」に私たちは苦しめられることが多いものです。例えばいじめやDVの被害者は、いじめられたり暴力を受けるのは自分が悪いからではないかと思い、落ち込んで「うつ」になることが多いのです。しかしいじめたりDVを働く側には、人を支配して自分の空虚感や不安から目を逸らそうという欲求が隠されています。これこそが「うつ」なのですが、人に押し付けているわけです。 この「うつ」は誰のもの? 抱え込んでしまった「うつ」を手放していくために、こう問いかけてみることが大切ではないでしょうか?その「うつ」が誰のものか分かるには、時間をかけて一緒に考えてくれる専門家や仲間が必要ですが。