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真実を知る

私達は滅多に裁判の当事者になることはありませんが、ニュースやドラマで裁判のシーンはよく見ます。

民事裁判では原告が被告を訴えます。両者の言い分を聞いて裁判官が判決を下しますが、原告と被告の言い分は、真っ向から異なることが多いものです。それぞれが自分の方が真実だと、懸命に陳述します。

このように真実とは、人によって立場によって異なることが多いものです。

私達の家庭についても、真実はメンバー各自によって異なることがあります。

親は懸命に働き立派な家庭を作ったと考え、一方子供からすると、親は仕事優先で自分達を省みない寂しい家庭だったと考える場合があります。親は経済や外見を重視した捉え方、子供は親との関わりや内面を重視した捉え方です。

しかし子供が自分達の想いをそのまま伝えることは、あまりありません。親は自分達のために一生懸命働いてくれたので、やむを得なかったと考え、寂しかった気持ちを抑えることが多いものです。子供には親は自分のことを考えてくれるはずだという期待感情があります。その安心感で子供は生きているのです。

そこで子供は親に合わせ、多少の寂しさは我慢すべきとか、親に頼らず何でもすべきとか、自分に対して厳しい考えを持つことで親の不在の穴埋めをする場合があります。このように自分に対して「かくあるべき」と厳しい見方をしていると、いつも自信がなく、人に頼ることもできないという苦しい生き方になりがちです。

 

本当は寂しかったんだと自分の気持を認めてやることが、真実を知る第一歩になります。親の本当の関心は自分達より仕事や経済だったと知ることは辛く寂しいことですが、「かくあるべき」という苦しい生き方から解放され、自分らしい生き方を模索するチャンスになります。