20日 1月 2021
この世で、赤ちゃんの笑顔に勝る素敵なものは、なかなかないでしょう。見た途端、幸福な気分に包まれ、思わずこちらも笑顔になります。赤ちゃんは何の邪気もなく、ただただ安心して笑っているのです。この時の赤ちゃんは、万能感に満たされていると言えます。暖かな視線が常に注がれ、不安や不快で泣いても、一生懸命あやしてもらえます。空腹、排泄は周囲が敏感に察知して対処してくれます。まさに万能の力を持った存在です。 万能感の反対語は無力感です。今言ったようなことがほとんど満たされなかったとしたら、赤ちゃんはだんだん表情を失くし、泣く力も衰えて行くでしょう。赤ちゃんにとって生きていけなくなる恐ろしい事態、万能感から無力感へ一転した事態になったのです。この無力感に抗うため、赤ちゃんは指をしゃぶって、お母さんのおっぱいを吸っているという幻想に浸り、無力感を回避しようとしているという説もあります。 万能感は、大人になっても見られることがよくあります。赤ちゃんの時とは違い、すべてを自分がやらねばならない、やれるはずだという万能感です。例えば、勉強、仕事、家事などすべてを完璧にこなし、周囲の人間関係もそつなくこなすなど、自分に万能を課すのです。周囲からは賞賛され、特別な能力の人と思われたりします。しかし、内実は無力感を抱いており、それを隠すために万能であろうとしていることがよくあります。 無力感は赤ちゃんにとっては生死に関わる一大事ですが、成長した人間にとっても同じくらい辛く認めがたい感覚です。これを否定するためには、常に完璧を追い求め、無力感が出てこないようにする必要があります。しかし人間はいつも万能であることはできません。万能を保つには、常に自分や周囲をコントロールする必要がありますが、それは不可能なことです。そのため、万能感を保とうとすると多大な緊張と不安が伴います。 何よりの問題は、万能感を追い求めていると、自分が本当は何をしたいのか分からなくなってしまうことです。いくら結果が出ても満足することができず、いつも飢餓状態のような不安な気分になってしまうのです。この不安を抑えるためにさらに万能感を求め、人生はさらに辛くなります。 万能感を求めている時は、誰にも心を開けず、とても孤独な状況です。傍からは強がっているようにも見え、なかなか理解されないものです。 赤ちゃんの万能感の根底には、ゆるぎない周囲の愛情と支えがありました。 万能感を抱いている人にとって、その裏には無力感があることを安心して認められる環境が必要です。無力感の正体は不安感・孤独感なのですから。そのような環境があれば、万能の看板を自然と降ろすことができるはずです。
30日 12月 2020
最近見たテレビ番組「ヒューマニエンス」で腸のことを改めて知り、衝撃を受けました。 私達は腸からできている!考えれば確かにそうですね。外から食べ物を取り込んで消化し、エネルギーを作る。残りかすは排泄する。日々この繰り返しです。それを主に担っているのは、腸です。...
12日 12月 2020
この二つの言葉を最近知り、いわゆる依存症的な行動を「サバイバルスキル」と名づけたことに考えさせられました。 ライフスキルは人生を歩んで行くのに欠かせないスキル、一方サバイバルスキルは生き延びるために必死で行うスキルです。...
20日 11月 2020
一般的に、演技するのは俳優さんの仕事、私達はそれを見て楽しむものと考えられています。演技はあまり日常にはそぐわない、作られた世界で行われることという感じでしょうか。 しかし、考えてみれば、演技と言えるものを私達は日頃よく行っています。...
31日 10月 2020
昔、こういう題のフランス映画がありましたね。美しい音楽に乗せて展開する、大人の男女の恋愛映画です。 人間は男と女の2種類、そう私達は信じて来ました。しかし、そんな単純なものではないことが科学的にも明らかになってきています。...
11日 10月 2020
愛着と執着。似ているようで、随分と違った意味合いの言葉です。 愛着は、愛情の流れが続いた結果、対象が心の中に定着したもの。愛着の対象は、身の回りのものすべてに及びますが、人や動物などの身近な存在がすぐ思い浮かびますね。...
18日 9月 2020
優柔不断は、あまりいい意味では使われない言葉です。煮えきらない、ぐずぐずしている、気が弱いなどのイメージがつきまといます。字を見ると、優しい、柔らかいなどの、なかなか好印象の字が並んでいます。しかしながら、その結果として「断つ」、つまり決断することができないわけです。まるで、人間関係のしがらみの中で生きる難しさを表しているような言葉ですね。 例えば、互いに対立しているAチームとBチームがあって、どちらに入るか選択を迫られた時に、両方のチームに友人がいると迷います。自分の意志よりも友人たちとの関係が気になって、決断できないわけです。どちらかに決めると、相手チームの友人を敵に回すかも知れない難しい問題です。チームで自分の力を発揮して活躍したいのが本人の意志のはずですが、迷いますね。 このように、自分のことなのに、なかなか自分を主人公にして決められない事態が人生にはよくあります。これは、Aチームとの友人やBチームとの友人との人間関係がすでにあるため、それを変えていくのが自分一人では難しいためです。それぞれの友人たちと会って事情を話し、了解を得た上で決断するのが一番良いかもしれません。それができない場合、迷った末、どちらにも入らないという選択になって、周りから優柔不断と言われるかもしれません。しかし、友情を大事にするという自分の選択に納得していれば、これも立派な決断です。 問題は、この選択に後悔し続ける場合でしょう。後悔の念が頭から離れず悶々としたり、これがきっかけでその後意欲を失くしたりすると、本当に優柔不断な困った事態になってしまいます。友情も大事ですが、それより自分の活躍の場が欲しかったのに、なぜそう決断できなかったのか、決断力のない弱い人間だと自分を責めます。その時抑えつけた自分の気持ちが治まらず、苦渋の決断をした自分を肯定できないのです。自分の人生の主人公は自分ですから、その自分を肯定できないのは辛いものです。 自分の本音に向き合うことができず、まず周囲の事情や気持ちを考えてしまう傾向があると、このような結果になりがちです。自分の本音に向き合うことは、実は自分に向き合ってくれた親や周囲の人との関係に遡ります。このような関係や経験が乏しいと、自分の本音と向き合い方が分からず、周囲の気持ちや事情を優先しがちです。しかし、置き去りにした自分の本音に後から苦しめられることになります。 多少優柔不断でもいいのです。まず自分の本音と時間をかけて向き合い、次に周囲の事情や気持ちを考えて行くよう、努力してみましょう。自分を主人公にして人生を生きるために。
23日 8月 2020
現状に多少の不満を抱えつつ、何とか日々を送っている私達。その中でも、何かしら自分への不満を抱えて、もっと変化・向上しなければと思いながら暮らしている人も多いのではないでしょうか?...
30日 7月 2020
パブロ・ピカソと岡本太郎、どちらも個性豊かな芸術家です。 ピカソは1881年生まれ、太郎は1911年生まれで、30歳の年齢差があります。太郎は18歳で両親(作家の岡本かの子・漫画家の岡本一平)と渡仏。両親は帰国しましたが、太郎はパリで芸術運動に参加し、パリ大学で哲学・社会学・民俗学を学んでいます。...
06日 7月 2020
 私達は、当たり前のように日々を生きており、それを疑うことはほとんどありません。なぜかと言えば、地球の存在に対して、日常が続くことに対して、そして私たちを取り巻く社会や人間関係に対して、安心感・信頼感があるからでしょう。...

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